物忘れだけじゃない!?認知症による5種類の記憶障害

認知症は別名「物忘れ病」と言われることがあります。

実際、記憶力の低下というのは認知症の典型的な症状だと言われています。

とはいえ、認知症でなくても、誰でも物忘れしたり、記憶力が悪くなったと感じることは多いはずです。

私たちが普段、「記憶力が良い」という時は、英単語を覚えたり新しい仕事を覚えたりする効率の良さを意味しています。

逆に新しい知識や新しい仕事が覚えられなかったり、パソコンやスマホなどの使い方がなかなか覚えられない時「記憶力が悪くなった」と感じるかもしれません。

ところが、認知症と診断されるレベルの記憶力低下になると、全く意味合いが異なってきます。

認知症と診断される基準のひとつに「日常生活に支障がある」というものがあります。

「日常生活に支障がある」レベルの記憶力低下とはどのようなものなのか、どのように「日常生活に支障」が出るのか?

おそらく実際に認知症の人に接することがなければ想像できないことばかりだと思います。

そこで認知症による5つのタイプの記憶障害についてシェアしたいと思います。

短期記憶の障害

認知症=物忘れというイメージがあるように、特に認知症の7割を占めるアルツハイマー型認知症においては、記憶力の低下による物忘れは典型的な症状のひとつです。

もちろん物忘れそのものは誰でも経験する現象ですが、認知症になると物忘れのレベルが変わってきます。

まず、ついさっきのことを忘れるようになります。

数秒~数時間程度の記憶は『短期記憶』と呼ばれていますが、認知症になると、まず短期記憶が障害されるケースが多いようです。

短期記憶の具体例として、買い物のリストや、今日の予定、上司から言われた指示の内容などがあげられます。また、電話番号を聞いて、メモを取るまでの間なども数秒程度ですが短期記憶が関係しています。

レストランや居酒屋の店員などで何人分ものオーダーをしっかり復唱できる人は、すごく短期記憶が優れていると思います。

ただし記憶力には個人差があり、得意な記憶のタイプも異なります。人の顔は覚えられても名前が覚えられない人もいますよね。

健康な人の物忘れと、認知症による物忘れはどのように違うのでしょうか?

例えば「昨日の朝ご飯なんだっけ?」「約束の時間は15時だっけ?」程度の物忘れがいわゆる『健全な物忘れ』だと言われます。

記憶は時間とともに徐々に”ぼやけて”くるので、誰でもご飯の中身や、約束の正確な時間などは徐々に曖昧になっていく傾向があります。

これが『病的な物忘れ』となると、「朝ご飯を食べたこと自体を忘れてしまう」「約束をしたこと自体を忘れてしまう」ということになります。

自分のした行為の詳細が分からないのではなく、行為そのものを忘れてしまうのです。

一般的な物忘れは、記憶が風化して徐々に薄れていくのに対して、認知症の物忘れは、経験そのものが切り取られたように消去されてしまうイメージです。

身近な例では、アルコールで酔っ払って記憶をなくす人がいます。

飲み会の途中から記憶がなく、どうやって帰ったのか覚えていない、という経験をした人もいるでしょう。

何度も同じ話を繰り返す人に辟易した経験がある人もいるでしょう。

このような状態が24時間続くのが認知症による記憶障害だと考えれば良いかもしれませんね。

覚える力の障害

私たちが新しいことを覚える時には、最初に短期記憶として保存され、何度も繰り返すうちに、短期記憶から長期記憶に以降していくというプロセスを辿ります。

ちなみに学校の勉強などで一般的に「記憶力が良い」と言われる人は、だいたいこの力が優れています。

普通の人が10回繰り返して初めて覚えられることを、1~2回で覚えてしまう能力ですね。

その役割を担うのが脳内の『海馬』という部位ですが、認知症になると(特にアルツハイマー型認知症)、真っ先に海馬が萎縮してしまいます。

記憶を司る海馬が萎縮すると、記憶を保持できないわけですから、当然ながら新しい知識を得ることが絶望的に困難になります。

新しいことを覚えられないというのは、パソコン操作が覚えられないといったレベルであれば珍しくありません。

ところが認知症が進行することで「引っ越した時、新しい家を覚えられない」「自宅をリフォームした後、いつまでもトイレの場所が分からない」という状態すら起こりえるんです。

普段意識することはありませんが、記憶力というのは勉強だけの話ではなく、新しい環境への適応能力の中核を成す能力です。

「毎日が引っ越し初日」
「毎日が初出社」

そう考えると、環境の変化が本人にとってかなりのストレスであることが分かります。

環境適応力がないと介護のためのリフォームや引っ越し自体がストレスになる可能性もあるわけで、難しい問題です。

長期記憶の障害

アルツハイマー型認知症の初期では、物忘れ、物覚えといった、記憶を作る段階での障害が目立つと言われています。

ところが認知症が進行することで、「すでに覚えている」ことも徐々に忘れていくと言われています。

これがパソコンやスマホのメールであれば、古いメールから削除されていくところですが、認知症の場合、新しい記憶から消えていく傾向があります。

認知症が進むと子どもや赤ちゃんのようになってしまう、と言われる理由のひとつです。

「夫や嫁が誰だか分からない」
「自分の子どもが誰だか分からない」

という状態になると、家族にとっては心理的にも非常に辛い状態になってしまいます。

言葉の障害

学生時代、英単語の意味が分からなくて困ったり、英単語が覚えられないといった経験は誰にでもあると思います。

認知症が進むことで、誰もが英語で経験した「意味が分からない」という現象が『日本語』で起こるようになります。

「冷蔵庫を閉めてよ」
「冷蔵庫って何だっけ?」

ぞっとするやり取りだと思いますが、言葉の意味が分からなくなるというのはそういうことです。

英語で考えると分かりやすいです。

「refreazioratorを閉めてよ」
「refreazioratiorって何だっけ?」

おそらく認知症によって言葉の意味が分からなくなるというのは、こういう感覚だと思われます。

専門的には私たちが日常的に使用している『言葉』は、文字(もしくは音)と意味がセットになっています。

「冷蔵庫」と聞いて「キッチンにある食品を冷やす機械」をイメージできるのが「言葉が分かる」ということです。

絵を見ながら英単語を覚えると効率が良いのもの、文字(音)と意味がセットで頭に入るからです。

認知症が進行すると、文字と意味との繋がり悪くなっていきます。

例えば鉛筆を見せて「これは何ですか?」と聞いても「えんぴつ」という言葉が出てこない。ところが「これで何か書いてください」と言えば、鉛筆を使って何かを書くことはできる、という状態です。

鉛筆という物がどんな物かは覚えていても、「えんぴつ」という文字(音)とはもはや結びついていないんですね。

このように文字と意味がつながらないと、本が読めなかったり、会話が上手くできなかったりするようになります。

英単語を知らなければ英会話が成り立たないのと同じように、言葉の意味が分からなくなれば会話は成り立ちません。

言葉が使えなくなることで、徐々にコミュニケーションそのものが徐々に困難になっていきます。

手続き記憶の障害

「体が覚えている」といわれるように、車の運転、トイレの使い方などは比較的失われにくい記憶だと言われています。

専門的に『手続き記憶』と呼ばれるタイプの記憶です。

手続き記憶は、あらゆる活動の基盤になっています。

赤ちゃんの頃から、物の食べ方を覚え、鉛筆の使い方を覚え、トイレの使い方を覚え、車の乗り方を覚え、パソコンの使い方を覚えてきた結果、今の日常があります。

多くの手続き記憶が失われると、文字通り何もできなくなります。

逆に手続き記憶が残っていることで周囲が困るケースも出てきます。

その代表は車の運転でしょう。

認知症がある程度進行しても、車の運転などは「出来てしまう」場合もあります。

車の運転は出来ても標識が読めない(標識の意味が分からない)といった現象が起こる可能性も考えられます。

認知症の症状の出方は人によって千差万別なので、身近な人が認知症になった場合、「何が出来て何が出来ないのか」をよく理解する必要があるんです。

明確な境界線は”ない”

はたして認知症による物忘れと普通の物忘れに境界線はあるのでしょうか?

私は『境界線はない」という意見です。

そもそも認知症というのは、認知機能が低下し日常生活に支障をきたすようになった”状態”です。

認知症に至るまでは、通常20年以上の期間をかけて徐々に認知機能が低下していくので、その間はあくまでグレーゾーンなんです。

認知機能の低下の程度が軽く、まだ白に近いグレーであれば、普通の物忘れに思えますし、かなり認知機能が低下して、黒に近いグレーであれば病的な物忘れが起こります。

つまり、認知症による病的な物忘れとは違うからといって、自分は大丈夫、家族は大丈夫、という判断ができるわけではないんです。

実際に認知症予備軍と言われるMCI(軽度認知障害)という段階では、普通の物忘れなのか、認知機能の低下による物忘れなのか、単純には区別がつきません。

認知症は、白から黒に向かって、グレーが徐々に濃くなっていくようなプロセスなんです。

記憶力の低下=生存力の低下

認知症の症状は記憶障害だけではありません。むしろ怒りやすくなる、妄想が強くなるといった性格変化などに比べれば、記憶障害は介護を含めて対応しやすいと言われるくらいです。

それにも関わらず、記憶力低下ひとつとっても、社会生活が破綻するだけのインパクトをもたらします。

人間だけでなく、動物でも記憶力が低下すると生存力が下がることは明らかになっています。まあ、考えてみれば当たり前ですけどね。

おそらくこの記事を読んでいる方であれば、自分自身にとっては想像し難い状況ばかりだと思います。正直なところ、私自身もそうです。

だからこそ、知っておくべきだと思います。

私たちの日常生活は箸の持ち方から明日の約束まで、膨大な量の記憶によって成り立っています。

記憶は社会生活の基盤です。

それ以上に、記憶は私たちの個人としての人格や価値観の基盤です。

記憶力を含め、様々な脳機能が認知症と診断されるほど低下し、日常生活に支障が出る状態になってからでは、できないことがたくさんあります。

引っ越しなど生活環境を変えることも大きなストレスになりますし、本来の自分の価値観にもとづいた選択などもできなくなる可能性もあります。言葉を失えばコミュニケーションそのものが困難になります。

認知症の予防策を講じることはもちろんですが、万が一自分や家族が認知症になったときにどのような対策を行うのか?

認知症と診断されてからではなく、まだ十分に判断力やコミュニケーション能力、環境適応力が残っている段階で行うべきことがあるはずです。

今できることは何か?
今やるべきことは何か?

少しでも考えるきっかけになれば幸いです。