認知症の薬について知っておきたい11の基礎知識

病気になったら
薬を飲めばいいのか?

私たちが普段、病気になって、病院に行って、医師の診察を受け、薬を処方される時に第一に期待することはなんでしょうか?

病気を治すこと、だと思います。

認知症については話が違います。

認知症の大多数を占めるアルツハイマー病を治す薬は現段階で、存在しません。

岡本医師の言葉を引用したいと思います。

”アルツハイマー病を専門にしていた私から見ますと、日本では、患者さんやご家族を安心させたいためか、アルツハイマー病はもうすぐ治療法が確立するかのような言説が、マスコミを通じて広まっているように思えます。しかし実はそうではない。アルツハイマー病は死に至る恐ろしい病気であって、治療法のメドも立っていないのです。”

(岡本卓『アルツハイマー病とは何か』2014 p28)

脳血管性認知症など原因のかなりハッキリしたものを除けば、レビー小体型認知症など他の種類の認知症においても状況は変わりません。

ほとんどの認知症について、治療法のメドはついておらず、認知症を根本的に『治す』薬も存在しないのが現状です。

ところが現在の日本でアルツハイマー病を含む認知症の治療と言った場合、薬物療法つまり薬の処方が主流となっています。

なぜ治療法のメドも立っていないのに、薬が処方されるのか?

認知症に処方される薬はどんなものがあり、どんな目的で処方されるのか?

私たちの誰もが、今後、家族や自分自身が認知症になる可能性があり、そうなれば薬の処方を受けることになります。

そこで、認知症に本格的に直面する前であっても、最低限知っておきたい認知症の薬のイロハをまとめてみました。

なぜ治療法のメドが立っていないのか?

認知症の薬は何をしてくれるのでしょうか?
なぜ薬があるのに認知症が治らないのでしょうか?

3つのステップに分けて考えると分かりやすいです。例えば認知症の大多数を占めるアルツハイマー病の発症メカニズムはおおむね次のようになっています。

ステップ1:異常タンパク質の蓄積
アミロイドβ、タウタンパクなどのタンパク質が脳内に蓄積すると神経細胞がダメージを受けます。

ステップ2:脳の神経細胞の減少(脳の萎縮)
ダメージを受けた神経細胞が死ぬと、神経細胞と神経細胞を結ぶネットワークが縮小します。

ステップ3:神経伝達物質の減少
神経細胞や細胞間ネットワークが縮小すると、情報伝達量も減少する。この時、情報伝達を行うための信号である神経伝達物質も減少する。脳の情報処理量が低下し、認知機能が低下します。

脳の神経細胞やネットワークは、建物や道路といった都市ネットワークのようなものです。

都市では会社員、OL、美容師、医師、弁護士といった何百もの職業の人達が働き、社会が機能しますよね。

もし建物や道路などが破壊されてしまえば、そこに人は住めなくなります。

同じように脳内でも100種類ほどの神経伝達物質が駆け巡り、それが私たちの思考や感情を生み出しています。

アルツハイマー病により脳の神経細胞やネットワークが破壊されると、神経伝達物質も減少してしまいます。

アルツハイマー病は、ウルトラマンに出てくる、都市を破壊する怪獣のようなものなんです。

ステップ1:都市を破壊する怪獣の出現
ステップ2:怪獣が建物や道路を壊しまくる
ステップ3:人口や交通量が減少し、都市が廃墟化する。

より根本的な解決策=治療法と思われるのは、ステップ1の異常タンパク質という怪獣を退治することです。

ところが、この怪獣を退治してくれるウルトラマンのような薬はまだ開発されていないんです。

それどころか、過去20年間、新薬開発は失敗し続けているのです。

(「新薬開発に着手」というニュースは報道されますが、なぜか「新薬開発に失敗」というニュースは滅多に報道されません。)

今後、ウルトラマンは登場するのでしょうか?

どうなるかは誰にも分かりませんが、過去の戦績を見る限りではたしかに「治療法のメドが立っていない」と思えてしまいますよね。

認知症の薬の目的

認知症の薬は、主にステップ3:神経伝達物質の減少を補う目的で使用されます。

認知症の薬を飲んでも、異常タンパク質の蓄積や神経細胞の減少を止めることはできないので、根本的な解決にはなりませんが、ある程度(9ヶ月~1年程度)認知症の進行を抑制したり、認知機能を改善することが可能と言われています。

つまり、時間稼ぎです。

時間稼ぎというと響きは悪いですが、介護が常に時間との闘いであること、時間稼ぎというのはすごく重要なんです。

そもそも認知症でなくても、アンチエイジングや長生きを目指すことだって、結局は時間稼ぎなわけですから、私は時間稼ぎ、大いにけっこう^^だと思っています。

なぜ神経伝達物質の減少を補うことが大切なのかというと、大ざっぱな言い方ですが、私たちの思考や感情は、神経伝達物質の量にかなり左右されるからです。

例えばドーパミンが出ると快楽を感じることは有名ですよね。

うつ病は『セロトニン』という神経伝達物質が減少することで起こると考えられています。

アルツハイマー病を含め、認知症だと主に『アセチルコリン』という神経伝達物質が減少していることが分かっています。

『アセチルコリン』は記憶や思考に重要な神経伝達物質です。

そこで、脳内で『アセチルコリン』の濃度を高める役割を果たすのがアリセプトに代表される認知症の治療薬です。

認知症の薬の効果

認知症の薬はどのような効果があるのか?

『アセチルコリン』濃度を高める、といってもよく分からないかもしれません。

ネットで調べると、
・・・アセチルコリン分解酵素であるアセチルコリンエラスターゼの働きを阻害するアセチルコリンエラスターゼ阻害薬・・・

などと書いてありますが、要するに、

頭をシャキッとさせる、ということです。

頭がシャキッとした状態の反対は、頭ばボーッとした状態ですよね。

風邪薬を飲んで、頭がボーッとした経験はないでしょうか?

じつは多くの風邪薬には『アセチルコリン』の働きを弱める成分が入っているんです。(成分名はジフェンヒドラミン、スポコラミンなど。)

だから風邪薬を飲むと『アセチルコリン』の働きが悪くなって、頭がボーッとしてしまいます。

認知症の薬は、その反対の効果があるという感じですね。

認知症の薬の種類

ドネペジル

商品名:アリセプト
日本で開発され1999年に登場した史上初の認知症治療薬で、アセチルコリン濃度を高める作用があります。現在も最も広く使用されていて、認知症の薬といったらアリセプトを指すような感じです。

ガランタミン

商品名:レミニール
2011年に認可された3種類の認知症治療薬のうちのひとつ。アリセプトの登場から12年経っていますが、脳への作用メカニズムはほぼ同様で、主にアセチルコリン活性を高める作用があります。そのためアリセプトと併用はできませんが、アリセプトの効果がなくなった後でも、効くことがあるそうです。

リバスチグミン

商品名:リバスタッチパッチ、イクセロンパッチ
2011年に認可された3種類の認知症治療薬のうちのひとつ。やはりアセチルコリン活性を高める作用。パッチ(肌に貼るタイプ)なので、薬を飲むのを嫌がる人や嚥下障害(飲み込む動作がうまくできない)があっても使用しやすいところがメリット。

メマンチン

商品名:メマリー
2011年に認可された3種類の認知症治療薬のうちのひとつ。他の認知症治療薬と異なり、アセチルコリンではなく、神経伝達物質のグルタミン酸を抑制する作用があります。認知症だとアセチルコリンは減りますが、グルタミン酸がなぜか過剰になりやすいので、グルタミン酸の働きを抑えることで神経細胞の保護する作用があると言われています。他のアセチルコリン系の薬と併用も可能です。

その他

認知症治療薬と合わせて、うつ症状に対してSSRIなどの抗うつ薬が処方されたり、興奮が強い場合に抗不安薬が処方されたり、昼夜逆転に対して睡眠薬が処方されたりするようです。

認知症の薬の副作用は?

認知症の薬にも副作用があります。他の多くの薬と同じように、吐き気、目眩、腹痛など消化器系の症状が出やすいようです。

基本的に副作用のない薬はなく、精神に作用する薬は色々な作用の仕方をする傾向もあります。

どんな副作用があるか、という副作用のリストよりも、認知症の人が薬を飲む場合に注意するべきポイントがあります。

高齢者は副作用が出やすい

薬は一定期間体内に留まったあと、徐々に排泄されていきます。

薬を体の外に排泄するのは、体の代謝機能です。

高齢者の場合は、若い人よりも代謝機能が低下しているので、薬が体から排泄されるまでの時間が長く(血中濃度の半減期が長い)薬の作用が強く出る傾向があります。

作用が出やすければ、当然ですが副作用も出やすいです。

また、認知症以外の病気の薬を服用しているケースも多いので、複数の薬が相互に影響し、思わぬ副作用が出るリスクも高くなります。

陽性反応にも注意が必要

認知症の人が認知症治療薬を服用する場合、明確な副作用でなくてもトラブルが起こる可能性もあります。

それが『陽性反応』です。

特にアリセプト等のアセチルコリン濃度を増やす薬の場合、陽性反応にも注意が必要だと言われています。

アセチルコリンが減少するとボーッとする、増えるとシャキッとする効果があるわけですが、シャキッとしすぎてしまうわけですね。

怒りやすくなったり暴れたりすることで、介護者にとって負担が逆に大きくなってしまうケースもあります。

物忘れが減ってもトラブルが増えるのは、あまり好ましくありませんよね。

薬には相性がある

抗うつ薬などの精神系の薬を飲んだことがある人は分かると思いますが、脳に作用する薬は、狙った通りに効果を出すことが非常に難しいのです。

一般的なSSRIと呼ばれる抗うつ薬は、気分を落ち着かせたり、不安を減らす神経伝達物質であるセロトニンを増やすことを目的としていますが、逆の効果が出ることもあります。

逆にイライラが増えたり、体がだるくなったり、好ましくない効果が出てしまうことは珍しくありません。

SSRIというのは「選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors)」の略で、SSRIと呼ばれる薬はどれも同じような効果を狙っています。

代表的なSSRIにはプロザック、ルボックス、パキシルといった製品がありますが、どれも「セロトニンを増やす」という同じ効果を狙った薬にも関わらず、実際には効果に差があり、人によって相性に違いがあります。

そのため、うつ病の人は自分に合った抗うつ薬と服用量が見つかるまで、色々な薬を試すことが多いですよね。

認知症の薬も同様です。個人差が大きく、同じアセチルコリンを増やすという目的であっても、合う薬、合わない薬があります。

うつ病に対してSSRIを飲めば”それだけで”うつがなくなると考えるのは単純すぎますよね?

認知症の薬も同様です。薬を飲めば”それだけで”認知症が改善されると考えるのは単純すぎると思います。

薬の種類、用量など、試行錯誤が必要です。

その意味では、アリセプト以外にも認知症治療薬が登場したことで選択肢が増えたのはとても良いことですね。

意図せざる過剰摂取の可能性

認知症の薬を服用する場合、介護者による服薬管理がとても重要になります。認知症特有のリスクがあるからです。

物忘れなどの記憶障害は薬を飲む上でもリスクを生みます。

普通の人でも薬の『飲み忘れ』をすることがありますが、認知症の場合、飲み忘れの可能性が非常に高いだけでなく、「飲んだことを忘れてしまう」可能性もあります。

「ご飯を食べたことを覚えていない」こともあるのですから、当然薬を飲んだことを忘れてしまうこともあります。

言うまでもなく、薬は飲み過ぎれば毒になってしまいます。

副作用の自己申告ができない可能性

認知症の人は、副作用と思われる不快症状があっても、うまく表現できないケースも考えられます。

痛みや不快感などがあれば、当然本人が感じるストレスも増えるので、結果的に症状を悪化させる原因にもなりかねません。

その場合、介護者には本人が不快感を感じていないか注意して観察することが求められてきます。

自分で試行錯誤が出来ない可能性

効果の出方に個人差が大きく、そのため服用する側で試行錯誤が求められるのが脳に作用する薬の特徴です。

普通のうつ病の場合であれば、本人が自分の変化を確認しながら、医師と相談しながら、自分に合う薬を見つけていくことになります。

認知症の場合、薬との相性を見ながら試行錯誤するというプロセスが、自分では行えない可能性もあります。

そのため介護者が色々と試行錯誤するわけですが、本人ではないので、気分の変化、体調の変化が完全に分かるわけではありません。

自分に合った薬と服用量を他人に探してもらうというのは、健康な人同士であってもかなり困難を伴うはずですよね。

試行錯誤は薬の使用を続ける上で大切なことですが、そもそもそういう作業が苦手になっていくのが認知症ですから、難しい問題だと思います。

まとめ:推理ゲームx伝言ゲーム

「薬で認知症の進行を抑える」

たったそれだけでも、決して簡単なことではないのが分かりますよね。

少なくとも「解熱剤で熱を下げる」「便秘薬で便秘を治す」「降圧剤で血圧を下げる」といった一般的な薬を使った治療とは、まったく違った話になります。

  • 認知症の薬の効き方に個人差が大きいこと
  • 認知機能の低下により服薬管理が自分でできないこと
  • 自分の状況説明や意思表示がうまくできないこと
  • 認知症が進行性であり、症状自体が変化すること
  • これらの要因が絡み合って、認知症の治療はどこまでも複雑なものになり得るのです。

    適切な薬の使用がいかに難しいことか、自分が介護される場合を想像して見るとよく分かります。

    例えばうつ病になった場合を想像してみてください。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    あなたは進行性のうつ病で、徐々に症状が悪化しています。

    そこで、仲の良い友人に病院に連れていかれて、薬が処方されました。

    自分でちゃんと薬を飲むことができないので、友人が飲ませてくれます。

    あなたは高齢なので薬が超効きやすいです。うまく効いて気分が良くなることもありますが、効き過ぎて興奮したり、逆に気分が悪くなることも良くあります。

    どうやら今回処方された薬は、うまく効いていないようです。逆に気分が悪くなってしまいました。

    ところが、薬がうまく効いていなくても、その状態をあなたは友人に伝えることができません。ただ苦しくて、イライラしています。

    友人はあなたの様子を見ながら、ちゃんと薬が効いているかを考えました。

    どうやら薬がうまく効いていないことに気づき、またあなたを病院に連れていきました。

    あなたの代わりに友人があなたの状態を医師に説明してくれて、その結果、処方される薬が変わりました。

    今度はうまく効きました。気分が良いです。

    ところが、うつ病は進行していき、症状も悪化していきます。以前はうまく効いた薬であっても、今はあまり効いている気がしません。

    友人はあなたの様子を見て、すでに薬が効いていないことに気づきました。あなたはまた病院に連れていかれます・・・

    (以下繰り返し)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    これが数年間続くとしたら、友人(介護者)の労力や精神的負担は相当なものになるでしょう。

    そして、これは現実に認知症の介護をしている人達が行っていることでもあります。

    認知症は早期治療が大切だと言われますが、その理由のひとつは服薬管理の問題だと思います。

    本人の認知機能が十分に残っている状態であれば、薬を飲むことも、副作用や効き方の自己申告も可能で、自分で試行錯誤することができるからです。

    介護者への負担も少なくなりますし、自分自身で薬の相性や用量が分かるので、本来の効果も得やすいでしょう。

    「病気になったら薬を飲めばいい」という単純な考え方は認知症においては間違っていると思います。

  • 早期発見と早期治療を心がけること
  • 親身に相談してくれる医師を早めに見つけておくこと
  • 運動や食事など薬以外でも認知機能の改善に努めること
  • といったことが大切なのではないかと思っています。