認知症の初期症状にありがちな17個の”危ない”行動

大切なものは目に見えない

認知症の症状ははっきりと目に見えるものではありません。

周囲とのトラブルが起こったり、日常生活での困難に直面する頃には、既にかなり症状が進んでいる可能性も高いんです。

認知症は早期発見が重要だと言われますが、それは認知症の治療という意味だけではありません。

介護や生活環境を含め、認知症への対処そのものが症状が進行するほど困難になるからです。

でも、そもそも認知症の初期に現れる症状を知っておかないと、認知症の兆候に気づくこともできません。早期発見なんてできません。

風邪を引いたときのことを思い出してみてください。

「ちょっと熱がある」
「鼻水が出る」
「咳が出る」
「体がだるい」

こういう症状が出たとき、ほとんどの人は

「もしかして風邪かな?」

と考えますよね?

そのうえで、無理はせず温かくして早めに寝たり、自分なりの風邪対策を行うはずです。

認知症も同じです。

「もしかして認知症かな?」

と考えるきっかけがあれば、脳を鍛えるトレーニングを行ったり、食生活を改めたり、病院を受診するなど、できることはたくさんあります。

ところが現実には、認知症はその兆候を見過ごされ、放置された結果、仕事に致命的なトラブルが生じたり、家族が困り果ててはじめて対策を考える、というケースがかなり多いです。

私たちが「もしかして風邪かな?」と風邪の兆候に気づけるのは、経験的に風邪の症状を知っているからです。

同じように「もしかして認知症かな?」と気づくために、認知症の兆候を示す行動をシェアしたいと思います。

直前のことを忘れるようになった

記憶障害は認知症の典型的な症状ですが、特に最近のものごとを忘れてしまうことが増えます。

一般的に物忘れというと、記憶が曖昧だったりあやふやなことを意味しますが、認知症の場合、物忘れというより記憶喪失や記憶消失という表現のほうが適切かもしれません。

英語でも認知症による記憶障害は「forget(忘れる)」ではなく「memory loss(記憶を失う)」と表現されます。

例えば
「電車で来たのかバスで来たのか思い出せない」
「なぜ電話しているのか思い出せない」
などです。

内容から記憶が消えたような印象を受ける場合、通常の物忘れではなく認知症による物忘れである可能性があります。

ものをなくすことが増えた

頻繁にものをなくすようになるのも、ひとつのサインです。

もちろん携帯電話をどこに置いたのか分からず部屋中を探すといったことはよくありますが(私だけかもしれませんが・・・)、「あるはずのものがない!」と大騒ぎしたり「誰か使った?」と他の人を疑うようになったら注意が必要です。

「どこにおいたか分からない」ような場合、携帯電話を使ったことや、どこかに置いたことは覚えていても、その詳細が分からないという状態です。これは考え事をしていたり注意力が低下している時は誰でも起こりえます。

ところが「あるはずのものがない!」と騒ぐような場合、単純に置き場所の記憶がないだけではなく、自分が使った記憶なども含めて、周辺の記憶がごっそり抜け落ちている可能性があるからです。

勘違いが増えた

健常者でも勘違いはよく起こりますが、認知症が始まると、普通はあり得ない勘違いが増えることがあります。

例えば「春」と「秋」を勘違いしたりすることもあります。

「春だなー、いや秋だったっけなー」などと言うような言動があればかなり要注意でしょう。

たしかに春も秋も気温は似ていますし、室内にいれば環境はよく似ています。それでも普通は「この間は冬だった」ことなどを考えて、今は秋ではなく春だと分かります。

普段、私たちは無意識に色々な情報を総合して状況判断を行っているんですね。

ところが認知機能が低下することで、この場合は気温や室内の様子という目の前の空間だけしか考えることができず、春と秋が混同されてしまうんです。

他にも、市役所の待合室と病院の待合室を混同するなど、なんとなく似ているシチュエーションで、勘違いは起こりやすくなります。

会話が下手になった

認知症の兆候として、話す時に文章が短くなるということがあります。

文章が短くなってしまう原因としては、単語などの語彙の記憶が曖昧になってくること、文章を組み立てる構成力(思考力)が低下することが考えられます。

その他、相手を気遣った丁寧な言葉使いができなくなり断定調になったり、発声に抑揚がなくなることもあります。

そして相手の話を聞くことも理解することも苦手になります。

記憶、論理的思考、発声、相手の表情や気持ちの理解力、集中力や忍耐力など、会話はとても複雑な脳の働きを要求します。

もともとの得意不得意があるので、会話の上手下手が脳の機能とイコールではありません。ただし以前より会話が下手になった場合、脳の機能が低下している可能性はかなり高いでしょう。

感情が抑えられなくなった

私たちがムカついた時に、衝動的に相手を殴ったり怒鳴ったりしないのは、理性があるからです。知性や理性を司る脳の前頭葉は衝動をコントロールする働きがあります。

ところが認知症により衝動をコントロールする能力が低下すると、ムカついたらすぐに相手に大声で怒鳴るといった、直情的な反応が目立つようになります。

気分の変化が激しくなった

衝動的になるのとは別に、感情そのものが安定しなくなることもあります。これは脳内のセロトニンなどの神経伝達物質の分泌が不安定になっていることが原因として考えられます。

気分の良い時と悪い時の差が激しい場合、特に会話中などの極めて短い時間内でコロコロ気分が変わるような場合、躁鬱病と合わせて認知症を疑う必要があるかもしれません。

笑わなくなった

お笑い芸人は頭がいい、という印象がありますが、じつは笑わせる方だけでなく笑う方にも頭の良さが求められます。

ユーモアが理解できること、お笑いが分かることというのは、とても高いレベルの脳機能が要求されるからです。

その場の雰囲気、表情・口調、話の流れ、常識とのギャップなど、色々な要素をスムーズに理解できないとユーモアを理解することはできません。

以前だったら面白くて笑っていたようなことに反応が薄くなっている場合などは、少なくとも脳の働きが低下している兆候と捉えることができます。

皮肉が通じなくなった

ユーモア以上に高い知性が必要とされるのが皮肉の理解です。たとえば奥さんが旦那さんに「あんたバカねえ」とやさしい口調で言えば、普通は愛情表現だと分かります。

ところが認知機能が低下した状態だと、言葉をそのまま受け取ってしまい「バカとは何事だ!!」と怒り出すようなことがあります。

比喩やたとえ話が通じなくなった

話が上手な人の条件のひとつに、たとえ話が上手というのがあります。

例えばアインシュタインは「時間の相対性」について聞かれた時、このように答えました。

大好きな子と一緒にいるときは1時間でも1秒のように感じるけど、怒り狂っている人のとなりいるときは1秒が1時間のように長いだろう?それが相対性ってことだよ。

「なるほど!」と思ってしまいますね。物理的時間の相対性を心理的時間の相対性にたとえて上手に伝えています。

認知機能が落ちると、このようなたとえ話をすることも、理解することも困難になります。

例えば「りんごのようなほっぺ」と言った場合、りんごのように「赤い」ほっぺだということが即座に理解できますよね。

ところが認知症が進むと「ほっぺはりんごじゃない」などと言うことがあります。

誰にでも分かるような簡単なたとえ話や、「○○みたいなもの」という表現が通じにくくなるのは、認知機能低下のサインです。

道に迷うことが増えた

方向感覚の低下の兆候として、道に迷いやすくなることがあります。

もちろん「方向音痴」の人がいるように、もともとの方向感覚には個人差がありますが、何度も通った道や自宅までの帰宅ルート、住み慣れた街でも道に迷うようになったら要注意でしょう。

車の運転が下手になった

認知症により脳の頭頂葉付近が萎縮すると、空間認識能力が低下します。

空間的な能力の低下を示す兆候として分かりやすいのは、車の運転が下手になることです。

駐車や車庫入れができるのは、車幅や車長などが感覚的に把握できているからですが、空間認識能力が低下すると、この感覚がズレてきます。その結果、サイドを擦ったりすることが増えます。

もちろん車の運転には個人差があるので、擦ったりすることが絶対的な指標ではなく、もともと運転が上手な人が下手になったり、以前はできた車庫入れができなくなるといった「変化」に注目しましょう。

小さなケガが増えた

認知症が高度に進行した段階では、歩行も困難になります。つまり認知機能の低下は体の使い方、皮膚感覚やバランス感覚などにも影響するんです。

また注意力が低下すると、包丁で指を切る、ドアにぶつかる、道で転ぶ、といったことが増えます。

さらにレビー小体型認知症というタイプでは、パーキンソン病のような症状が見られることもあります。

小さなケガが頻発したり、見た目にも動作が全体的にぎこちない場合などは危険信号でしょう。

決まったゼリフを言うようになった

ヒーローもののTVドラマなどでは決めゼリフがあったりします。それを聞くと私たち観客は「これで事件やトラブルが解決するんだ」と安心感を覚えます。

私たちの脳は「未解決」の状態を嫌います。「オチ」をつけたがる性質があるんです。

何か嫌なことがあったとき、原因を追及したり、誰かの責任を追求したりするのも、心理的なオチをつけたいからという側面があります。

これがTVドラマであればキレイなオチがつきますが、現実はそうではありません。

トラブルやストレスごとに原因も責任の所在も違いますし、はっきりとした結論が出ないことも多いです。

だからこそ問題解決力や、場合によっては問題を解決しないでおく問題未解決力が必要になります。

ところが、認知機能が低下することで、問題解決力が低下します。問題を未解決なまま保持する心理的ストレスにも耐える力も低下します。

そこで、思考を放棄して、単純で安易なオチを求めるようになります。

「こんなんじゃ日本はもうダメだな」
「全部オレが悪いってことだな」
「みんなアレが悪かった」などなど。

キーワードは「全部」「みんな」「日本」「人間」などの極端に広い範囲を示す言葉ですね。

そして全く別の話であっても、毎回同じセリフを言うようになります。

同じ行動を繰り返すようになった

認知症の症状として「常同行動」というものがあります。同じ時間、同じ道順、同じ手順でないと気が済まず、少しでも違うことをしようとすると暴れるようなケースです。

なぜ暴れるのか?

おそらくそれがストレスであり、痛みだからです。

私たちがなにか新しいことを始める時、必ず痛みを伴います。

入社初日がすごく疲れるのも、それだけストレスが大きいからです。ところが日が経つにつれ、徐々に環境に慣れ、ストレスは消え、快適さを感じるようになります。それが環境に適応するということです。

このように慣れ親しんだ環境のことを、心理学ではコンフォートゾーン(快適に感じる環境)と表現されます。

環境への適応能力は、記憶力に大きく左右されます。動物実験でも記憶力が低いと新しい環境になじめず、ストレス値が増加することが明らかになっています。

大ざっぱにまとめると、記憶力の高さ=コンフォートゾーンの広さ=行動の多様性ということになるんです。

反対のケースとして、記憶力の低下は、コンフォートゾーンを狭め、行動の多様性の低下をもたらします。つまり同じ行動を繰り返す結果を生みます。

同じことをしたくてするというより、他のことができないので、せざるを得ない側面が強いんです。

タバコやアルコールの依存症と、それを禁止された場合のストレスに近いものがあるかもしれません。

一方で、私たちがスポーツや仕事を効率的に行うために何かを習慣化しようとするとき、自分のコンフォートゾーンを広げるために行います。いわば積極的な習慣化です。

積極的な習慣化と消極的な習慣化(常同行動)は、外見上は似ていても、その中身は全く違うように思います。

長年の習慣をやめてしまった

常同行動とは反対に、長年続けてきた習慣をぱたりと止めてしまうこともあります。

本来、長年続けてきたことは、既に本人にとってコンフォートゾーンであり、やめるほうがストレスに感じるはずです。

毎朝の歯磨きや洗顔をやめるほうが難しいですよね。

読書が習慣の人は「読むな」と言われても読みたがります。庭の手入れが習慣の人は人にやってもらうより自分でやりたがります。

それが本人にとっては快適なことであり、楽しいことのはずなんです。理由がなければやめたくないはずです。

それにも関わらず、理由もなく長年の習慣をやめてしまう場合、認知症の初期症状を示す重大なサインです。

かなり精神的負担が増えているか、あるいは快楽を感じる機能自体が低下している可能性もあります。

寝言がうるさくなった

認知症にはレム睡眠時行動障害という症状があります。

夢の内容に体が反応して、叫んだり暴れたりする症状です。

普通は眠っている間、夢を見ても筋肉は反応しないように(信号が届かないように)脳がコントロールしています。それでも稀に、わずかに筋肉が反応してしまうことがあり、それが寝言や手足を動かすことにつながっていると言われます。

軽度であっても認知機能の低下により、叫んだり暴れたりとまではいかなくても、寝言が大声になったり、増えたりします。

身だしなみがだらしなくなった

知的能力の低下は外見上のだらしなさにつながります。

「スポットライトが女優の肌を磨く」といわれるように、人から見られているという意識は、その人の外見に影響します。

無意識に身だしなみを整え一挙一動に神経を使うようになります。それが周囲には美しさ、清潔さとして映ります。

そして、人から見られていなくても、私たちは自分で自分自身を見ています。

服装、髪型、部屋の片付け、ムダ毛の処理まで、私たちはあらゆることについて、自分自身の基準に基づいて自分自身を評価しています。それが自意識です。

行き過ぎると自意識過剰、ナルシストと言われてしまいますが、自意識がなければ自己管理もできません。

化粧、ヒゲ剃り、髪の手入れ、部屋の片付けなど、よく考えれば面倒くさいことだらけです。本能的にはやりたくないことばかりなんです。

認知機能は自意識の低下をもたらします。さらに集中力の低下によりひとつひとつの作業のハードルが上がることで、身だしなみに気を遣うことが億劫になってしまいます。

結果、本能に忠実になります。見た目にはだらしなくなっていきます。

まとめ:見えないものを見る方法

今度、お近くのセブンイレブンに行った時に、よく見てほしいものがあります。

セブンイレブンの看板です。

じつはセブンイレブンのロゴマークにはちょっと”不自然な部分”があるんです。

さて、セブンイレブンのロゴのどこが不自然なのでしょうか?

ヒントは、ローマ字の表記です。

・・・

答えを言ってしまいますが、

セブンイレブンのロゴは「7ELEVEN」ではないんです。

「7ELEVEn」です。

最後のエヌだけが大文字の「N」ではなく小文字の「n」になっているんです。

セブンイレブン関係者以外で最後の「n」に気づいている人は、おそらく0.1%もいないでしょう。

セブンイレブンのロゴ自体は何百回、何千回と目にしているはずですが、最後の「n」は見えていないんです。

でも、この知識を知った後、セブンイレブンの看板を見れば、最後の『n』が小文字であることに気づけるはずです。

認知症でも同じです。毎日顔を合わせている家族のことでも、自分のことでも、認知症の初期症状や特徴を知らなければ、その兆候にすら気づけません。

でも、知識があれば見えなかったものが見えるようになります。

”不自然な行動”に気づくことができます。

そのわずかな気づきが、自分や家族を救うきっかけになるかもしれません。

そのためにこの記事が少しでも役に立てば幸いです^^